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シンポジウム

日時:11月3日(日)
 10:35〜12:25


顔学の研究と実践に潜むルッキズム


フォーラム顔学2024⼤会⻑ 桐⽥隆博

シンポジウム開催の主旨

 はじめに, 個⼈的な体験をお話ししましょう。顔の魅⼒に焦点を当てて, 魅⼒に関わる要因を洗い出すと, 顔に含まれる幼児的特徴(baby-facedness), 平均性(averageness)や対称性(symmetry)といった全体的要因が抽出されます。また, 部分的な要因としては, ⽬・⿐・⼝の形態的特徴や肌の⾊味が重要であること, さらに, 表情(笑顔)も魅⼒に⼤きく影響することが明らかになります。これらの魅⼒要因は他の研究者も繰り返し報告していることから, いわば“鉄板”要因といえます。ところが, 実験や調査によって明らかになったこれらの魅⼒要因を, ⼤学の授業や学外の講演において紹介するとき, なんとも⾔えない不全感を感じるのです。いったい, この不全感はどこからやってくるのでしょうか。いろいろと考えを巡らすうちに, ⾃分が⾏っていることは単なる魅⼒要因の事実的陳述に留まらず, ある種の価値観の強要でもあることに気づきます。美は善なり。その結果, いつのころからか,その価値観を中和するために, D. Hume の“である(事実)からべき(規範)を導く誤り”やG.E.Moore の“⾃然主義的誤謬”を必死になって説明するようになっていました。こうなると顔の魅⼒研究はどこか“マッチポンプ”の様相を帯びてしまいます。  顔の魅⼒を対象として研究あるいは実践をする時, どうしても“不全感”や“後ろめたさ”がついて回ります。これは私だけの個⼈的な問題なのでしょうか。それとも顔という共通のフィールドに集まる皆さんとも共有できる問題なのでしょうか。あるいは, もっと別の問題が存在するのかもしれません。フォーラム顔学2024のテーマ「まなざしの前(さき)にあるもの まなざしの奥にあるもの」は, こうした問題意識を表現したものです。本シンポジウムを通して, 顔学の研究と実践に潜むルッキズムの問題を共有し, 今後の研究と実践の⽅向性を模索してみたいと思います。



話題提供者:原塑⽒(東北⼤学⼤学院⽂学研究科・准教授)

話題提供者:真覚健⽒(仙台⻘葉学院⼤学看護学部・教授)

指定討論者:南野美紀⽒(株式会社ベルヴィーヌ取締役副社⻑)

指定討論者:阿部恒之⽒(東北⼤学⼤学院⽂学研究科・教授)


話題提供1

⽇常美学から⾒たルッキズム

原 塑 先生
(東北⼤学⼤学院⽂学研究科准教授)

 ⽇常美学は2000 年代以降に展開された新しい美学であり, ⽇常⽣活の中での活動や⼈⼯ 物との関わりにおいて⼈々が持つ感性的経験の構造を明らかにしようとする。⽇常美学の 代表的な論者の⼀⼈であるユリコ・サイトウは, ⽇常⽣活で下される美的判断は道徳的判断 と混合されているとして, それを「道徳的・美的判断」と呼ぶ。こうして, 美的判断を切り ⼝として⼈々がどのような道徳的判断を下すのかを明らかにし, その知⾒に基づいて, 望 ましい⽣活環境を⼈々が構築できるように⽅向づけることが, ⽇常美学の⽬的の⼀つとな る。従って, ルッキズムを⽇常美学の枠組み内で検討することは妥当であろう。さて, ルッ キズムは典型的には, 就職時や就業現場において, 容姿の美的評価によってある⼈物の能 ⼒・業績評価が歪められることであるが, それは, ⽇常的経験において, 容姿の美的価値が 直ちに倫理的価値に転換されて知覚されてしまうことに起因する。ルッキズムに対して法 を含めた様々な対抗策が取られているが, 多様化したとはいえ, 特定の容姿の美的理想が 社会の中で共有されている以上, そこからはみ出てしまう⼈々は存在する。そういった⼈々 の美的倫理的価値は不当に低く評価され, 不利益をこうむることになる可能性が⾼い。この 問題に対して, 個⼈が取りうる対抗策はないのか。ここでは, 各⼈が, 〈その⼈らしさ〉の 表現として⾃分の容姿を作り上げ, 社会に提⽰するという⼿があることを指摘し, その意 味を考えたい。



話題提供2

アピアランス問題とルッキズム

真覚 健 先生
(仙台⻘葉学院⼤学看護学部教授)

 先天的なものや後天的なものなど原因は様々であるが顔に変形やアザなど可視的差異を 有する⼈たちがいる。該当者は⼀般に考えられているよりも多く,少なく⾒積もって⼈⼝ の約0.9%といわれている。
 可視的差異がある部位を凝視される,他者から回避⾏動を取られるなど,他者からの反 応に不安を感じ,社会的接触を避けることも珍しくなく,社会的スキルが低いことも多 い。彼らの不安や苦悩の深刻さと可視的差異の程度との間には相関は⾒られず,不安や苦 悩の深刻さは彼らの可視的差異の受け⽌め⽅に依存することが知られている。そのため可 視的差異の有無にかかわらず,アピアランスに不安や苦悩を抱えることをアピアランス問 題(Appearance Matters)としてとらえるようになってきた。
 アピアランス問題の背景には「美的神話」と呼ばれる「美しいものは良い」といったス テレオタイプがある。このようなステレオタイプを形成するものとして,幼少期に接触す るおとぎ話のような⽂化的伝播やSNS等のメディアの影響が指摘されている。特に画像加 ⼯が容易になった現在では,SNSでは綺麗に修正された画像が提⽰されており,理想の外 ⾒が⾮現実的なものになっている。
 顔に可視的差異があることの影響を中⼼にアピアランス問題に関連したトピックスを紹 介する。